普遍的であるとは、場所を選ばないということであり、また建築のテイスト(シンプルなものからデコラティブなものまで)、種別(住宅からオフィスまで)を選ばないことであり、しかもどんなコストにも対応できるということである。しかし、場所を選ばないということは、逆に言えば、あらゆる場所をコンクリートというひとつの技術、その技術の裏にひそむ単一の哲学によって、同一化してしまうということである。そして、場所とは自然の別名に他ならない。
[参考]
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多様な場所、多様な自然が、コンクリートという単一の技術の力で、破壊されてしまうのである。またテイスト、種別、コストを選ばないということは、逆にいえば、多様な表面のお化粧のうしろ側には、コンクリートという単一の揺るぎない本質がひそんでいるということに他ならない。そのようにして、自然の多様性が失われただけではなく、建築の多様性も失われたのである。二〇世紀とは、そのようなさびしい時代であった。